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 日本の広い範囲で、ようやく梅雨が明けた。2020年はコロナ禍に加え、長雨で外出がままならない日が春から続いてきた。

 そうかと思えば、梅雨が明けた途端、猛暑がやって来た。ここ数年の夏は家の中で熱中症になる人がいるほど、室温が上昇することが多い。この夏はコロナ禍で例年以上に自宅にいる時間が長くなっているため、エアコンを1日中つけっ放しにしている家庭も少なくないだろう。

 もしこのタイミングでエアコンが故障したらどうなるか。暑くて在宅勤務どころではなくなる。自分や家族が暑さで倒れるかもしれない。エアコンに不具合が起これば、すぐに点検・修理してもらわないと命にかかわる。

 オフィスビルや商業施設などでも同じだ。業務用の空調設備が故障すると、働く人や顧客に大きな影響を与える。コロナ禍で換気の重要性が高まり、設備設計の中でも特に空調計画が建築の大きな要素になってきた。

 空調大手であるダイキン工業のコールセンターには、エアコンが故障して「助けてくれ」と悲鳴のような電話がかかってくることも珍しくない。エアコンの不具合にどれだけ早く対処できるかで、メーカーや販売店の評価が決まってくると言ってもいい。

 そんな中、ダイキンは20年6月末、空調修理の現場に「秘密兵器」を投入した。下の写真の担当者が首にかけている白い端末がそれだ。最近はやりの音楽を聞くネックスピーカーのようにも見えるが、そうではない。広角カメラが付いたウエアラブル端末である。

ダイキンの空調設備の修理担当者が、首に白い端末をかけて作業している様子。音楽を聞くためのネックスピーカーのようにも見えるが、実はカメラだ(写真:ダイキン工業)
ダイキンの空調設備の修理担当者が、首に白い端末をかけて作業している様子。音楽を聞くためのネックスピーカーのようにも見えるが、実はカメラだ(写真:ダイキン工業)
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 この端末「THINKLET(シンクレット)」は、東京大学発のスタートアップであるフェアリーデバイセズ(東京都文京区)が開発した。カメラの他に、マイクやスピーカー、Wi-Fi通信機能などを備えている。

フェアリーデバイセズのウエアラブル端末「THINKLET(シンクレット)」(写真:フェアリーデバイセズ)
フェアリーデバイセズのウエアラブル端末「THINKLET(シンクレット)」(写真:フェアリーデバイセズ)
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 修理担当者は首にシンクレットをかけておくだけで、目の前の空調設備をカメラ撮影できる。その映像をスマートフォンやタブレットを経由して、ダイキンの遠隔拠点に送る。そこで待ち構えている熟練の担当者が映像を見て、現場で作業する担当者に修理のアドバイスをする。これなら1人のベテラン担当者がほぼ同時に、複数の現場担当者をサポートできる。

離れた拠点にいるベテランの担当者が現場のカメラ映像を見ながら、点検・修理のアドバイスをしている様子(写真:ダイキン工業)
離れた拠点にいるベテランの担当者が現場のカメラ映像を見ながら、点検・修理のアドバイスをしている様子(写真:ダイキン工業)
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 繁忙期には空調設備の点検や修理の依頼が殺到する。ベテランが現場に同行できるとは限らない。コロナ禍では3密を避けるため、担当者には単独行動が求められたりもする。そこでシンクレットの出番というわけだ。

現場担当者と遠隔拠点にいる熟練者がカメラの映像や音声会話を通して連携し、空調設備の不具合の原因究明や迅速な修理に努める(資料:ダイキン工業)
現場担当者と遠隔拠点にいる熟練者がカメラの映像や音声会話を通して連携し、空調設備の不具合の原因究明や迅速な修理に努める(資料:ダイキン工業)
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 ダイキンがフェアリーデバイセズと組んでシンクレットの採用を決めたのは、19年11月のことだ。私はそのときからシンクレットに注目してきた。首にカメラをぶら下げれば両手が空くので、修理担当者には便利だと感じたからだ。

 空調設備は繁閑の差が激しい製品である。冬は現場が比較的、落ち着いている。ダイキンは20年初春までに現場でシンクレットの試行を始め、夏の繁忙期に備える計画を立てていた。私も利用が始まるのを待っていた。

 ところが20年2月に新型コロナウイルスの影響が出始め、製造業のSCM(サプライチェーン・マネジメント)が乱れだした。シンクレットも生産スケジュールがずれ込み、ダイキンは製品調達が数カ月遅れることになった。結果、6月の超多忙な時期に、シンクレットをいきなり実戦投入することになってしまった。

 20年7月時点で、まず15台のシンクレットを現場に配備した。修理担当者からは、おおむね好評だという。