2023.04.24

ヤンマーが挑む「南極・昭和基地のDX」遠隔支援でエンジニアの仕事はどう変わる?

分散型発電・空調のパイオニアとして、これまで全国に約30万台の空調システム、約9万台の発電・駆動システムを導入するヤンマーエネルギーシステム株式会社(以下、ヤンマーエネルギーシステム)。それらの製品は世界中で使われており、実は南極にも1957年に発電機を納入、そのメンテナンスを目的に、ヤンマー社員も国立極地研究所に出向し、日本の南極観測の拠点である昭和基地に毎年越冬しています。

ヤンマーエネルギーシステムでは、2021年7月から発電機・空調機などのエネルギー機器メンテナンスにおいて、ウェアラブル端末を活用したサービスエンジニアの遠隔技術支援を開始しました。本記事では、南極での取り組みを含むヤンマーエネルギーシステムの最新DX事例をご紹介します。

<取材者プロフィール>

西川 禎昭(にしかわ よしてる)
ヤンマーエネルギーシステム株式会社 カスタマーサポート部 コンタクトセンター センター長

石野 慎二(いしの しんじ)
ヤンマーエネルギーシステム株式会社 カスタマーサポート部 コンタクトセンター デジタルデザイングループ

久池井 淳(くちい じゅん)
フェアリーデバイセズ株式会社 執行役員COO フューチャリスト

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

Web会議ツール+ウェアラブル端末で遠隔支援を実現

ーーヤンマーエネルギーシステムが取り組む、ウェアラブル端末を活用したサービスエンジニアの遠隔技術支援の概要を教えてください。

西川:現場作業の効率化を目的に、ウェアラブル端末とZoomやMicrosoft TeamsといったWeb会議ツールを連携して、遠隔で現場作業を支援する取り組みです。

「THINKLET」を身につけて作業する現場社員
「THINKLET」を身につけて作業する現場社員

西川:現場社員が身につけているのは、現場作業のDX実現を目的に開発されたフェアリーデバイセズ社のウェアラブル端末「THINKLET®」です。800万画素の広角カメラと5個のマイク、LTE/WiFiを搭載しており、クリアな映像や音声での通信と収録が可能です。首にかけるタイプで、現場社員にとって装着による負担が少ないことも特徴のひとつです。

遠隔で現場作業を支援する様子
遠隔で現場作業を支援する様子

西川:対して、遠隔で支援する社員は、THINKLETが写す映像をZoomやMicrosoft Teamsを通じてリアルタイムで確認しながら、現場作業の指示をします。主に、現場社員は経験値が浅い若手社員、遠隔支援する作業員は熟練の社員が担います。これにより、若手社員一人でメンテナンス等の対応時に抱えるストレスの緩和や作業の効率化を狙っています。

ーー全国のヤンマーエネルギーシステムの現場で、このDXの取り組みが導入されているのですか?

西川:現状は、自社エンジニアに対する遠隔支援でサービスの品質向上を図っている段階です。2023年度以降、需要の高い沖縄の離島や北海道の遠隔地などから本格導入を進める予定です。その後、順次特約店や代理店へ拡大することで、より安定したアフターサービスの提供を目指します。

検証を重ね「疲れる」「酔う」などの課題を解決

ーーそもそもサービスエンジニアの業務には、どんな課題があったのですか?

ヤンマーエネルギーシステム カスタマーサポート部 西川さん
ヤンマーエネルギーシステム カスタマーサポート部 西川さん

西川:サービスエンジニアの業務は、メンテナンスや緊急対応のみならず、見積書や報告書の作成といった事務作業から交渉・連絡業務まで多岐にわたります。ただでさえ多くの業務を抱えているのに、電制化やIoTの普及に伴いサービス知識は高度化し、熟練者の退職によるノウハウの喪失も起きています。

こういったことが重なり、人手不足による担当者一人当たりが請け負うエリアは拡大しており、将来的に現場作業の品質担保ができなくなるのは明らかでした。

ーーそういった危機感から、2017年にウェアラブル端末を活用したDXの取り組みを開始したのですね。

西川:はい、最初に検証したのは、メガネのように耳にかけるグラスタイプです。現場社員がこれを身につけて現場の映像を撮影し、支援者は映像を見ながら遠隔で支援します。それまではLINEやFaceTimeによる映像と音声のみの共有でしたが、ウェアラブル端末では映像画面にマーカーを入れたり、テキストを共有できたりする機能があり、「便利だった」と好評でした。

一方で、使用感や運用面では課題が多くありました。

カメラが搭載されているので一定の重さがあり、長時間使用すると疲れる、ズレる、痛いという声が現場社員から聞かれました。操作が難しく、使用の準備に時間がかかる点も課題でした。また、遠隔で指示する社員側は、映像がブレているため画面を見続けると酔ってしまうのが難点でした。

運用面では、高額な本体と専用アプリが必要でランニングコストが現実的ではありませんでした。当時は、現場作業のDXを目的としたウェアラブル端末は、それほど市場に出回っていなかったんです。

ーー現在、使用しているウェアラブル端末「THINKLET®」は、その課題を解決できるのですか?

西川:概ね解決できています。いろいろな端末を調べていたのですが、THINKLETは、まさに当社が求めていた仕様でした。2020年頃にTHINKLETの存在を知り、その翌年からフェアリーデバイセズさんとの取り組みが始まりました。

ウェアラブル端末「THINKLET®」
ウェアラブル端末「THINKLET®」

久池井:THINKLETは、まさに西川さんが述べたような課題を解決しようと試作を重ね、誕生したウェアラブル端末です。肩にかける形にすることで人体への負担を軽減し、同時に映像のブレも防いでいます。人の頭は上下左右の動きが激しいので映像がブレやすいのですが、首掛けにして胴体に密接させると頭ほど激しく動かないため映像が安定しやすいのです。

ヤンマーエネルギーシステムさんとの取り組みを通じてZoomやMicrosoft Teamsとの連携も実現し、現場における教育コストが最低限で済むようになりました。コロナ禍で一気にWeb会議ツールが普及したため、多くの方は学ばずともスムーズに利用できるためです。

フェアリーデバイセズ 久池井さん
フェアリーデバイセズ 久池井さん

南極で続く改善、ZoomやTeamsと連携も可能に

ーーこのWeb会議ツールとTHINKLETによる遠隔支援が、南極の昭和基地でも活用されているそうですね。

石野:はい、当社は1957年に南極に発電機を納入しており、当社のサービスエンジニアは毎年、国立極地研究所に出向し、越冬隊員として昭和基地に越冬して現地でメンテナンス作業を担っています。現地では、オーバーホールと呼ばれる機械全体の修理点検をするのですが、スタッフの高齢化や離職に伴い、安定したサポート体制を整えなければいけない課題があります。そこで、南極でも遠隔支援を実現しようと2021年からトライアルを開始しました。南極・昭和基地の発電機のメンテナンス現場と日本を繋いでメンテナンスのサポートをしたのは、この取り組みが初めてです。

南極・昭和基地でTHINKLETを活用している様子
南極・昭和基地でTHINKLETを活用している様子

ーー南極でのトライアルは順調に進んでいるのですか?

久池井:はい。ここまでには、さまざまな試行錯誤がありました。大量のデータ通信ができない基地の環境下でも、十分な解像度の映像を撮影し、送信するための運用方法を設計しました。また、現地の騒音が交じる中でも音声がクリアに聞こえるよう改善もしました。

石野:最近では、ZoomやMicrosoft Teamsと連携しながら遠隔支援ができる体制が整いつつあり、国立極地研究所からは「通信環境や国内のサポート体制の整備などが今後さらに改善し、課題点を解決できれば、今後の活用における利点は多い」というお話をいただいています。いつでも現地と繋がれる安心感に加え、作業記録を映像で残せる点に大きな期待が寄せられているのだろうと感じます。

ヤンマーエネルギーシステム カスタマーサポート部 石野さん
ヤンマーエネルギーシステム カスタマーサポート部 石野さん

DXを促進する端末のアップデートにも期待

ーー南極を含め、着々と現場のDXが進んでいますね。今後の展望を聞かせてください。

西川:南極での業務においては、発電機のメンテナンスのみならず、より幅広く携わっていく計画があります。南極のように、限られた人数しか出向くことができないエリアこそ遠隔支援が効果を発揮します。国内外で導入実績を積み重ねながら、サービスエンジニアの業務改善、ひいてはエンゲージメント向上に繋げていけたらと考えています。

久池井:THINKLETの次期機種の検討が進んでいます。コストや重量、電力消費などの制約条件を考慮しながら、通信規格の5G化や、カメラの4K化、ブレ防止機能、撮影範囲を広くするなどの機能追加を出来る限り多く実現したいと考えていますので期待してください!

西川:また、海外でのメンテナンスにおける品質担保は重要です。日本人の1番の売りは「技術」だとよく言われます。これまでは現場社員が現地に出向く必要がありましたが、DXを通じて遠隔で技術を継承していけるのではと期待しています。

DXを促進する端末のアップデートにも期待

[取材・文] 小林香織 [編集] 岡徳之 [撮影] 八月朔日仁美