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プリズムタイプHMDに於ける必要画角の考察とその実現方法【前編】

はじめに


昨今、情報通信技術の成長の一角を成していたスマホ/タブレット端末といったモバイル機器においても、従来ハードウェアと同様、その構成部品の小型化・多様化が進みました。その結果、新しい分野として、ウェアラブルコンピューティングが急成長しています。ウェアラブルウォッチ、ウェアラブルカメラといった新しい体験性とデバイスの普及が進む中、眼の前にバーチャルなディスプレイが浮かび上がる光学的しくみで、最も技術的難易度が高いとされているウェアラブルディスプレイ(HMD・スマートグラス)が次々と世の中に紹介されるようになってきました。

弊社は2013年より現在までそのウェアラブルディスプレイの開発を続けてきました。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を活用した現場DX (デジタルトランスフォーメーション)での遠隔作業支援、エンターテインメント、ARソリューションなどのニーズ増大に備える為です。そして、2014年にOutdoor use,  High efficiency,  Natural viewingの3点を基本コンセプトとし、スクリーンと現実世界の両方を同時にはっきりと見ることができ、かつ、小型高輝度・強い外光の屋外でも自然な視野を確保することが可能なHMDを商品化しました。

一方、初号機が作り出すスクリーンの光学性能は概ね好評価を得られたものの、横方向10度という画角については不充分との指摘もあり、後継機種では約15%の画角拡大を果たしました。

HMDでの大きな画角は没入方式、導波板方式等で実現されています。しかし、前者は装着者の目前を遮光してしまい、後者は画像後方からの外光によりコントラストが著しく低下し、明るい環境下では実用的な画質が得られない等の問題があります。コンセプトを維持しつつ画角拡大を目指した結果、光学系・主要パーツの大きな変更無しに画角50%アップ(15度)を実現できました。ここでは、遠隔作業支援・情報提供を主用途とし屋外使用も可能なHMDの光学的構成・特徴を紹介し、適切な画角の仕様決め、その実現手段、結果性能について前編・後編にわたって解説します。

本記事は筆者が投稿及び発表を行ったIDW ‘14, ‘16  (International Display Workshop, ディスプレイ国際ワークショップ 2014、2016)の投稿論文に基づいて作成しています。


従来HMDの特徴・性能と改善要求

商品化したHMDは3つのコンセプトを実現すべく、屋外使用に対応した光学系、高輝度を得る為の高効率性を持っています。前述の基本コンセプトの一つであるNatural viewingが目指すのは表示した画像が背景と自然に重なる事と同時に、装着した状態が不自然には見えない事を意味しています。この目的の為には装着者の表情が判る事を目安とし、装着者の眼前に配置される光学素子は必要最小限の大きさにしています。図1a, 1bは光学系についての概略配置図です。

図1a 光学モジュールの概要(平面図)

図1a 光学モジュールの概要(平面図)

図1b 光学モジュールの概要(正面図)

図1b 光学モジュールの概要(正面図)



表示部から出た光線が接眼部のレンズで虚像を作成し、全反射されて眼球に到達し画像を見る事になります。表示部内の光路については後ほど説明します。全反射面を用いて虚像を見るので、その部分の背景は遮光されます。その為、屋外使用で背景輝度が高くても画像を見る事が可能となります。図2aは青空を背景とした場合の実際の画像です。 図1bは画像を消した時の状況で、接眼部によって遮光された領域が暗くなります。この範囲が広いと背景の中の画像が黒枠で囲まれ不自然になるので、接眼部の大きさは必要最小限にしています。又、接眼部と表示部も十分離れていないと、後者が装着者の視界を遮る事になってしまいます。


図2a  青空を背景とした画像縦線は窓ガラス中のワイヤ

図2a  青空を背景とした画像縦線は窓ガラス中のワイヤ

図2b 画像を消した状態表示部は右側

図2b 画像を消した状態表示部は右側

※図1b の向きに合わせる為、撮影した画像を左右反転して表示


使用する液晶パネルが決まっている場合、画角を大きくするには接眼部のレンズを短焦点化する必要があります。その場合、NA(レンズの半径と焦点距離との比率)が大きくなる為に収差が増大し、接眼プリズムも拡大する必要があります。レンズの収差量、接眼プリズムの大きさを鑑みて水平画角は10度とした結果、接眼部のサイズは10mm x 4mm となりました。図3は試作時の写真です。

図3 接眼部を装着者から見たところ

図3 接眼部を装着者から見たところ


高効率化の為には、反射型液晶と3原色に対応する3個のLEDを用いたシーケンシャルカラーを採用しました。白色光源と透過型カラー液晶の組み合わせに比べ5倍程度の効率が得られます。図4のように、主に開口率の違いと色フィルタによるロスが回避できる事が要因です。シーケンシャルカラーとは3原色の3つのLEDを順次発光させて、RGB単色の画像を高速に重ね合わせる事で正しい色再現を行うものです。表示に使うLEDのみ点灯する事により高効率が得られます。

図4 透過率の比較  原色毎の比較で 透過型は開口率で約25% 透過率で約80%となり 反射型のほぼ1/5となる。

図4 透過率の比較原色毎の比較で透過型は開口率で約25%透過率で約80%となり反射型のほぼ1/5となる。



図5a, 5b, 5cは表示部の光路図です。図5aは一般的なPBS(Polarizing Beam Splitter)  の使い方の場合です。PBSは偏光の状態により反射(S偏光成分)と透過(P偏光成分)で光を分離する素子です。図5b, 5cは光源及び集光レンズと接眼部がPBSを挟んで直線的に配置されるような使い方です。ミラーで反射される際に2回通過する1/4波長板により偏光状態が変わります。その為、ミラーへの入射前と反射後ではPBS内での反射と透過の状態が入れ替わります。体積的には図5aとほぼ同等ですがHMD全体のコンパクト化には有効な配置となります。図5a, 5bでは液晶で変調された光がPBS面を透過した後に外部に出射されています。PBSの特性からはこちらの方が高いコントラスト比が得やすいので一般的な使い方となっています。しかし、今回は図5cの配置を選択しました。図5bの配置では、パネルから出た後の光線が1回余計にPBS内を通過する為に接眼レンズ迄の距離が長くなってしまいます。レンズの焦点距離を短くしつつ、表示部と接眼部の間隔を広げる為には図5cの配置が有益となります。

図5a 一般的なPBSの使い方

図5a 一般的なPBSの使い方

図5b 直線的に配置した使い方

図5b 直線的に配置した使い方

図5c 我々が選んだ使い方

図5c 我々が選んだ使い方



図6は最初に商品化したHMDの写真です。

主な光学仕様は以下のようになっていました。


画素数
960x540 画素
分解能
2画素幅の線が判別可能
虚像までの距離
2m
接眼部出射面と眼球の間隔
20mm
色再現範囲
sRGBをカバーする
輝度
3000cd/m^2

図6 2014年に発売されたHMD

図6 2014年に発売されたHMD


分解能は以下のような理由で決めました。視力1.0の人は1分(=1/60度)の分解能を持ちます。横方向960画素の画像で画角が10度の場合、1分は 960/10/60=1.6画素に相当するので、2画素幅の線が判別できる事を仕様としました。画像迄の距離は、背景と画像を交互に見る時の眼球に視度調整量を抑える為に、50cm程度の近距離と遠方の場合の中間として2mと設定しました。眼球(水晶体)の焦点距離が20mm程度という事を考慮すると画像位置1m程度が最適値となりますが、装着しての歩行時の状況を加味して少し長めとしました。接眼部出射面と眼球の間隔はメガネとの共用を考慮しています。輝度については背景が数十cd/m^2以下の暗い環境下での使用も配慮して決めました。なお、図2の写真撮影時は5700cd/m^2でした。前述のように画質的には好評だったものの、画角が不十分との指摘を多くいただきました。


目標画角の設定

さらなる画角拡大を目指す事となり、先ず用途を定めました。最適画角は用途によるだろうと考えた為です。そこで、スマートグラス市場の中で立上がりが早いと予想されている現場DXを実現する上での用途を想定し、遠隔作業支援、インバウンド用途等での翻訳・情報表示に定めた上で必要十分な目標値を決めました。結果的に水平画角の目標値は15度としました。理由は以下の様になります。

人間は刺激の存在が判る程度であれば水平方向には180度以上、垂直方向には120度以上の範囲の光を感じる事ができますが、高い視力を持ち、細かい情報を入手できる範囲は視線を中心とした直径で約5度の領域となります。ここを弁別視野と呼びます。また顔を動かさず眼球の動きだけですばやく弁別視野として注視できる範囲を有効視野と呼び、水平方向には約30度、垂直方向には約20度の範囲に広がっています。図7は弁別視野と有効視野を図示したものです。この範囲を超えた位置を注視するには時間をかけて意識的に眼球を動かすか、頭を動かす必要があります。HMDの場合、画像位置は頭に固定されますので、表示された情報を眼球の動きだけで素早く取得できるのは有効視野内の範囲となります。HMDでそれ以上に大きな画面を表示しても有効視野外は情報取得には不向きな範囲となります。

遠隔作業支援、情報表示等では背景中に存在する観察対象物体と表示画像を交互に且つ素早く注視する必要があります。対象物に関しては頭の回転で弁別視野に入れる事はできますが、頻繁に首を回す事となります。そのような事態を避ける為には有効視野内に対象物と表示画像を入れる必要があります。今回はその範囲を均等割として表示画像の画角を15度としました。対象物を注視する場合は多少は顔を動かして良いと考えれば画角を20度とする事も選択肢になると思います。図8A, 8B, 8Cは分割を 20度:10度、15度:15度、10度:20度とした場合の見え方です。

有効視野については異なる定義もありますが、ここでは日本印刷技術協会発行の「眼・色・光」を参考としました。

図7 分別視野は高い視力を持ち、判別昨日が優れた中心視領域。直径で約5度程度の範囲。眼球運動のみで弁別視野とする事のできる領域が有効視野で、横方向約30度、縦方向約20度

図7 分別視野は高い視力を持ち、判別昨日が優れた中心視領域。直径で約5度程度の範囲。眼球運動のみで弁別視野とする事のできる領域が有効視野で、横方向約30度、縦方向約20度


図8a  HMDの画像表示を横方向10度として被見物に20度を割り当てた場合

図8a  HMDの画像表示を横方向10度として被見物に20度を割り当てた場合

図8b  HMDの画像表示を横方向15度として被見物にも15度を割り当てた場合

図8b  HMDの画像表示を横方向15度として被見物にも15度を割り当てた場合

図8c  HMDの画像表示を横方向20度として被見物に10度を割り当てた場合

図8c  HMDの画像表示を横方向20度として被見物に10度を割り当てた場合


画角拡大のデメリットと維持されるべき性能・機能

画角拡大のデメリットは接眼部が大きくなる事です。広がった画像をカバーする範囲の大きさが必要となります。接眼部と眼球の間隔を狭くすると小さくできますが、視角としては変わりませんし、眼鏡を装着している場合には干渉してしまい使用できません。背景が遮蔽される事を回避する為にハーフミラーを用いる手法もありますが、屋外での使用が難しくなります。今回は接眼部の拡大は許容する事として、その周辺の空間は確保する、従来の光学系に大きな変更は加えないの2点を原則として初期のコンセプトの維持を目指しました。 

画角以外の光学特性も従来通りを目標としました。それに加えて眼球と接眼部の位置ずれに対しての許与量を設定し、画面欠けがなく全体が見える範囲を横方向に2mm確保する事も目指しました。分解能については2画素幅線の判別可能という性能の維持としました。画角が広がった分、視角的には緩和する事を意味しますが、得られる情報量としてはこれまでの仕様と同等となります。




TopPhoto by Andreas Dress on Unsplash

岩井順一
岩井順一

テレパシージャパンの設立当初よりウェアラブルディスプレイにおける光学技術の発明・開発を行っている。 25年間、ソニーにてプロジェクタの光学系開発、設計に携わる。主に透過型液晶以外の変調器・方式によるプロジェクタの開発に従事。独創的な光学系を多数考案し、商品化に至っている。デジタルシネマ用プロジェクタの市場導入のカギとなった3Dレンズを考案(反射型液晶を用いたプロジェクタ1台で3D投影を可能とするレンズ)し、現在、3Dシネマとして普及している。

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